生きるのがつらい毎日に、心が安心して帰る場所を   

福岡 心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー) 前田 ひとみ

失ったものの正体は?

こんにちは。

 

 

 

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

 

 

 

1月も半分が過ぎましたね。

 

 

暖かいかな、と思ったら、固まる寒さ。。。

 

 

コロコロと変わる天気にヤキモキしますね。

 

 

よく言われるのは、福岡はあったかいからいいねー!という「九州あったかいでしょハラスメント」です。

 

 

そんなことないとですよ!

 

 

九州でも、寒いところは寒いとです!

 

 

玄界灘から、北風小僧の寒太郎がひゅーーーーんと吹くとです!

 

 

福岡にお越しの皆さん、福岡の冬は日本海気候ですので、寒うござんす、

ひゅるるるるるるーーーーーん♪ですので上着は必須です(^◇^)

 

 

 

そんな、フユノサムサニモマケズ、冬来たりなば春遠からじ、な本日のブログです。

 

 

 

 

今日は、

「失ったものの正体は???」です。

 

 

 

 

イキナリですが、アナタは自分のことが好きですか?

 

 

 

好き、嫌い、えー!そんなの考えたことない、普通ー、などなど色々あるかと思います。

 

 

 

それを踏まえて、その質問に加えて、

 

 

 

アナタは自分のことをどう思っていますか?

 

 

 

アナタはどのくらい自分のことを知っていますか?

 

 

 

アナタは自分のことについて考える時間をどれくらい持っていますか?

 

 

 

などとなってくると、すぐに答えるのが難しくなってくると思います。

 

 

 

自分にだけ集中できる環境なんてないし。。。

 

 

日々の生活を送るのに必死で。。。

 

 

やることなんて、いくらでもあるし。。。

 

 

そうですよね。

 

 

毎日が忙しい中、自分だけの時間というのはなかなか取れないのが現実です。

 

 

その現実の中で、こんな風に感じることはないですか?

 

 

 

◦自分はどこか人と違っているので、隠してないといけない。

 

 

 

◦自分は人からどうでもいい存在で愛されない。

 

 

 

◦全ては自分のせいだと思う。

 

 

 

◦人から非難されないように完璧にやろうとする。

 

 

 

◦自分はひとりぼっちで、仲間に入れてもらえる価値はないと思う。

 

 

 

◦いつも虚しい。

 

 

 

◦ずっと喪失感を抱えている。

 

 

 

 

f:id:taiyotoniji:20190428132815j:plain



 

 

 

 

 

これらの感覚は、どこか痛みを伴います。

 

 

 

その痛み、どこから来ていると思いますか?

 

 

 

大きくは、大切な人(主に両親)からの拒否される経験です。

 

 

 

分かりやすく拒否されることもあれば、相手の態度や漂う空気感からそれを

感じることもあります。

 

 

 

何を隠そう(全く隠せてない。。。)、わたしも親からの拒否を感じていました。

 

 

 

◦一緒に遊ぼうと思って近づいていくと、「忙しいからあっちに行ってなさい!」

 

 

 

◦自分のやりたいことをやりたいと言うと、「そんなのダメ!できるワケない!」

 

 

 

◦やりたくないことをやりたくないと言うと、「そんな甘えたこと言ってたらダメ!」

 

 

 

◦友達とモメたり、納得のいかないことを聞いてもらおうとすると、「アンタが悪いからやろ!」

 

 

 

◦分からないことがあって助けてほしい時に、「自分でしなさい!」

 

 

 

◦友達の話をすると、「すごいね!それに比べてアンタは。。。」

 

 

 

このように挙げると両親が極悪非道なようですが、そうではなく、親自身が

自分の劣等感や無価値観に覆われながらの子育てだった、というだけで、

人格の話ではないんです。

 

 

 

しかし、だから仕方がなかった、親も大変だったんだ、云々かんぬん。。。と

その理由を見つけることで解決した気になってはいけないんです。

 

 

 

大切なのは、この拒否の経験で自分が何を失ったのか、ということです。

 

 

 

失ったものの正体は何でしょうか?

 

 

 

 

 

 

親にとっては必死の毎日で、全く気にも留めていなかったこのやり取りの中で、

子どもが何を感じるでしょうか。

 

 

 

自分は愛されていない。

 

 

 

大事にされていない。

 

 

 

無視されている。

 

 

 

 

 

と感じ、自分の気持ちを確認することができないんです。

 

 

 

なので、自分の価値も確認できません。

 

 

 

そうなんです、失ったものの正体は自己価値なんです。

 

 

 

自分の価値を失ってしまったんですね。

 

 

 

この痛みが自己否定なんです。

 

 

 

 

ありのままの自分として大切にされる。

 

 

 

その子自身として慈しんで育てられる。

 

 

 

無条件に愛され、守られる。

 

 

 

この感覚を自己重要感と言います。

 

 

 

 

この感覚が無く、自己否定ばかりが続くとどうなるでしょうか。。。

 

 

 

自分で自分の価値を否定するので、他の人と比べることで自分の価値を

見出そうとします。

 

 

 

他の誰かのようにならないと認めてもらえないので、本来の自分にならないように

努力を続けます。

 

 

 

誰か、自分のことを大切にしてくれる人を探すばかりの人生になります。

 

 

 

条件をクリアしていないと、自分は愛されることはないと思い込みます。

 

 

 

これでは、生きるのがつらくなります。

 

 

f:id:taiyotoniji:20190428132847j:plain



 

自己否定のカタマリのように生きてきたわたしですが、自分の痛みを感じ、

表現していくことで、大切にされ、自分を認める感覚が分かるようになりました。

 

 

 

以前なら傷ついているような場面でも、それと自分の価値とは無関係なんだと

思えるようになったので、やたらと傷つくこともなくなりました。

 

 

 

この拒否の体験は、自分が悪いからでも、価値がないからでもありません。

 

 

 

拒否した方の心の傷が出ていて、それを今でも自分の方が握りしめている。

 

 

失ったものを握りしめているだけでは、全てがそこで止まってしまいます。

 

 

 

傷は、守るのでなく癒すものです。

 

 

 

失ってしまった自己価値は、いつからでも育てなおすことができますよ。

 

 

 

自己否定から目をそらすのでなく、耐えるのでなく、語って表現すること

 

 

 

そうすることで、失った自己価値は、安全に自分のところへと戻ってきますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

興味を持ったり、フォローしてもらえると最高です(*´▽`*)

 

 

 

小躍りしながら、福岡でダウンを着て喜びます♪

 

 

 

Facebookページ

https://www.facebook.com/taiyotoniji

 

 

Twitter

https://twitter.com/taiyotoniji